著作権が支えるものがありそれが妨げになる場合もある。著名な作品でも名前くらいしか知らないものは結構あるのではと。人間社会の折からようやっと抜け出してきた王子様はこれ。
アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの『星の王子さま』は、2005年の著作権保護期間満了で、多くの出版社・翻訳者による新訳バージョンが書店に並んだ。
その時に初めてこの本を読んだという方も多いのではないだろうか。
実は私もその一人。タイトルと挿絵のイメージで童話だとずっと思い込んでいたが、哲学的な内容と物悲しいラストに衝撃を受けたのを覚えている。
あれから5年あまり。『星の王子さま バンド・デシネ版』の邦訳が登場した(※バンド・デシネとは、フランス・ベルギーで発達したコミックのこと)。
この出版は遺族であるアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ財団が、作家ジョアン・スファールに依頼し実現したもので、フランスでは発売後すぐに話題となり30万部のベストセラーとなったという。
今回、この本の翻訳をされた池澤夏樹氏の出版記念トークショーへ行ってきた。
お話しの中で印象的だったのは、池澤氏がかつて翻訳された『星の王子さま』(集英社文庫)の文章をそのままコマに当てはめて使うのではなく、一から翻訳し直す必要があったということ。
「僕が以前書いた翻訳の文章は、そういう扱いに耐えられない。はっきり言えば、固すぎる。お行儀が良すぎる」
「この作業をしながら、これは、何かに似てるな、と思ったんですけど………それは映画の字幕なんです」と、語る池澤氏。
確かに、私自身もこのバンド・デシネ版を通読してみて、コミックを読んだというよりも映画を一本観終わったような感覚を抱いた。
見せ方を計算し尽くした映画のカメラワークのようなコマ割りが印象的だ(実際、作者のジョアン・スファールは『ゲンスブールと女たち』という映画も監督している)。
やんちゃな子どもらしい描かれ方をしている王子をはじめ、妖艶な美女風になった薔薇の花、人間離れした風貌の王様やビジネスマンなど、大胆にアレンジされたビジュアルも必見。
また、コミックだからこそ表現できたポイントとして飛行機の機体があげられる。
冒頭、砂漠で王子と出会うシーンで操縦士の“ぼく”が乗っている飛行機は、サン=テグジュペリが実際に1935年にサハラ砂漠に不時着した時のシムーン型を模写したもの。
そして、ラストシーンで「また王子に会いたい」と思いながら明け方の空を飛ぶ“ぼく”の乗る機体は、作者サン=テグジュペリが地中海上空で消息を絶った時に乗っていた機体F-5Bの模写だという。
このコネタを知っているとラストシーンの雰囲気も、より一層切ないものになるのではないだろうか。
この本は、私と同じように過去に読んだきりになっている人にぜひ手に取ってほしい。
鮮やかな色彩の中で生き生きと飛び回る王子さまの姿にきっと夢中になる。
これから先も読み返したくなる大切な一冊になるはずだ。